コケムスシェルター

無能者

まるで搾取!?”無気力肯定ビジネス”が怖すぎると話題に(http://togech.jp/2014/11/28/15681)を読んだ。

無気力肯定ビジネスとは、「無条件の承認」を売るビジネス。

負けてもいいの、くじけてもいいの、お金なんてなくたっていいの。弱さも貧しさも孤独も、すべてありのままの私なんだから…。
工夫や努力で解決できる不満も「むしろあなたの個性だ」とおだててくれるんだ。そして私はそれをお金で買う…。

みたいな。
最近はそういった関連の書籍なんかが人気でビジネスになるらしい。
記事では「無条件の承認」などというものは幻想的なクソであり、「人並みに幸せになりたいのに戦略がなく短絡的な行動に出る者は、戦略を行使する者に一生搾取され続ける」と書いている。

「無条件の承認」。心地良すぎて中毒になりそう。親の愛情もまかり間違うとこれになるだろう。まぁ必ずしも悪いものでもないのだろうけど。
承認されない人間は、自信のない卑屈な大人に育ったり、承認欲求に飢えて犯罪者に堕ちたりするかもしれない。

さておき、思い当たる始まりはスマップか。2003年、『世界に一つだけの花』「ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン」
この歌と競争のないゆとり教育で育まれた思想。太古源流は金子みすゞか。そういえば教科書にも載っていたか。最近では『アナと雪の女王』。ありのままで。僕は「無条件の承認」の黄金時代を生きてきたといっても過言ではないかもしれない。
まぁよく考えると今に始まったものではなく、いつの時代も言葉を変え、表現を変え、流布されてきた。優しく慈悲深い言葉。

「がんばらなくていい」「くじけてもいい」今の自分を全肯定してしまう。……やさしい世界。でもはき違えてはいけないのだ。
これらは死ぬようなつらい目にあった人にかけるべき言葉、あるいは、賞賛とねぎらいの言葉であり、妥協や甘えの言葉であってはいけない。

頑張らなくてはならない。変わらなければならない。
環境に合わせて変わらなくてはならないのだ、何色にも染まらないありのままの自分ではなく、底辺がふさわしいポンコツな自分であっても、ナンバーワンが求められるならば努力しなければならない。

世界は変えられない。自分は変えられる。努力とは変化であり、変化とは努力である。変われない弱さ。変わってしまうのも弱さ。

職責を果たす?
仕事においてはある程度求められる最低限度が存在する。ー職責。
ホテルマンなら礼儀。タクシー運転手なら運転技術。みたいな。
給料分の仕事する。できる素養を身に着ける。
「変わる」だ「変える」だと思うから大げさなだけかもしれない。ただ技術を習得すればよいのだと思えば大したことはないのだろう。

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